馬鹿と天才は紙一重という言葉がある。

だが、この言葉は大間違いであり、決して紙一重なんかではない。天才と紙一重の馬鹿は、馬鹿ではない。

 

まず、そもそも天才と紙一重のバカってのはなんなんだろうか。

例えば、公式を覚えるだけで、どんな数学の問題も解けてしまう数学の天才がいたとしよう。

じゃぁそれと紙一重のバカってなんだ?

公式を覚えるだけで、ほとんどの問題は解けるがどうしても超難問が解けない人間か?

これは確かに天才ではない。だが、馬鹿ではない。秀才だ。

 

公式を覚えるだけで、どんな数学の問題も解けないやつはどうだ?これは確かに馬鹿だ。

だが、紙一重ではない。紙十重くらい違う。

 

だいたいこの言葉で例として出されるのが、「普通の尺度だと馬鹿になるが、実はとてつもない才能を秘めている人間」だ。

一見馬鹿だが、実は馬鹿ではなく、天才なんだと。

例えば、アインシュタインは昔全然数学が得意じゃなかった。それは、テストで聞かれるようなことは覚えようとせず、もっと真理に迫ったところを追求しすぎたからだという。

テストの点数は悪いが、だがしかし、その後相対性理論という後世に名を残す大発見をする。

 

実はこの話は根拠がないただの噂らしいが、おおむね「天才と馬鹿は紙一重」という話で出てくるのは「着眼点が違って、普通の尺度だと成績が悪いが、じつはすごい才能を秘めている人間」だ。

 

だが、本当の馬鹿というのは、テストの点では分からないし、一見すると馬鹿ではない。

そもそも、馬鹿というのは何かの価値尺度から外れているかどうかで定義するべきではない。それとはもっと違う次元の世界にある。

 

俺の昔の知り合いで、心底俺が軽蔑していた馬鹿がいた。

そいつは、対して勉強もしないし、スポーツもしないし、なにかにのめりこむということもない。

だが、勉強をしているやつ、スポーツをしている奴に対して、なぜか斜に構えて上から目線でものを語っていた。

何もなしとげられないくせに、何かを成し遂げた奴に対して、「そんなの意味ないよ」とか「努力してそれ?やめたほうがいいよ」などと平気でのたまう。

そして、自分が何の価値もない人間ということを理解せず、何故か自分のことを、他の人間より少し賢いと考えていた。

 

本物のバカっていうのはこういう奴のことだ。

 

本気で何かに打ち込む、そういうことが出来る時点でそいつは「賢い人」だ。

世間では「才能がないのに分をわきまえろよ」とか、「所詮努力しても意味ないのにね」などと勝手なことを吐く人間が腐るほどいる。

確かに本気で何かに打ち込んでも、結果がでないことはある。

だが、結果がでるまでの期間というのは、誰しも予想することは出来ない。

人より早く結果が出る奴もいる。だが、人より長く時間がかかって結果が出る奴もいる。

もしかしたら、一生結果がでない奴もいるかもしれない。だからといって努力を笑うことは決してできない。

 

どんな世界でも、結果をだすには絶対に努力が必要になる。努力すれば結果がでるとは限らないが、結果を出すには努力が必要だ。

つまり、努力をしている時点でそいつは結果をだそうとしている修行者であり、求道者だ。

努力を笑うということは、結果を出すために必要なプロセスを笑うということであり、つまり結果と努力の因果関係が正確に理解できていないということだ。

そして、この類の人間は結果を出すかもしれない人間をつぶすこともできる。人類の発展のために、害悪以外の何物でもないカスそのものだ。

 

トレードの努力は、人に笑われることもあるだろう。「ただのギャンブルだろ?なにあつくなってんの?」と。

そんな言葉に耳を貸す必要はない。自分を信じて努力し続ければいい。

全然勝てなかったり、手法を変えたり、商材詐欺にひっかかったり、様々な困難が待ち受けているかもしれない。

でも、何度打ちひしがれても、努力をし続けることができる人間。

それが、「本当に賢い人間」であり、そういう人間こそが、最終的に「勝てるトレーダー」になると俺は思う。

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